「愛と経済のロゴス」はだいたい贈与論

 カイエ・ソバージュ三冊目。あー、これはタイトルに負けちゃってる感あるなー。えっと、なにが不満かというと、風呂敷が小さいこと笑。「熊から王へ」はすごかった。東北だけでは飽きたらず、アリューシャンから環太平洋まで見て、人類普遍的に、「王はこうして生まれたのだ」という仮説を立てたものだった。王(≒国家、権力集中)というのは、「自然」由来の権力(原初においては、権力は「自然」の側が持っていたのだ!)を、コミュニティのリーダーが取り込むことによって成立した、という大風呂敷で楽しいストーリーだった。

愛と経済のロゴス カイエ・ソバージュ(3) (講談社選書メチエ)

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 遡って、1冊目「人類最古の哲学」は明解だった。中沢さんの考える神話っていうのは、いわゆる「神話」じゃなくて、対立する事柄、例えば生と死、女と男、人間と動物とか、そういったものを反転させるような考え方のことで、これは世界的に普遍に見られますよ、っていう話。「熊から王へ」の土台になっていた。
 しかしこの「愛と経済のロゴス」。いやまあ、贈与論の話はそのままなので、特に言いたいこともない。というか、これを読んでから贈与論を読めばいいんじゃないですかね?
 贈り物をするときには、モノだけを贈っているのではなく、そこになんらかの意味合い(思い、霊力、「ハウ」と呼ぶ民族もいる)も同時に贈っている、と考える。しかもこれは、「交換」ではないし、「ハウ」はずっと持っておくと、悪影響が出る。だから、また誰かに贈り物をしなければならない。ぐるぐると繋がっているんですね。輪っかのように。この考え方が、人類普遍的に存在するっぽい、と。ふつうの贈与論。
 贈与には、そうした輪を飛び出した、「純粋贈与」という考え方がある。究極的には、これもやっぱりまた「自然」のこと。ここもよくわかる。狩猟と採集、あるいは農業で生きてきた人々にとって、生きる糧は大地から与えられたものだから。それはあたかも無償で、惜しみなく、純粋に与えられたもののように思うだろう。
 生態学を学べば、無限に供給されているように見える場合でも、物質の循環はどこかでinflowとoutflowのバランスを取っていることがわかるから、純粋贈与という概念とはそもそも相容れないのであるけれど、ここで言う「純粋」さは、モノそのものの無限性ではなくて、ハウの無限性であるということだ。

ここで、中沢さんは話を経済に繋げていこうと、

では、農民と大地が表現する「よろこび=悦楽」と、資本主義が余剰価値の発生とともに体験する「よろこび=悦楽」は同じものなのでしょうか。

と書きだすんだけれど、このあと、両者がどう異なるかについて、農業は「母親が子どもを受けとめるような悦楽」、近代工業は「否定性や分離の働きが強く及んでいる悦楽」などと言うんだけれど、うん、まあイメージとしてはわからなくもないけど、これって、「愛情を込めてつくったご飯はおいしいよね」という以上のことを言っているようには見えない。もちろん、そういう心の働きを否定するつもりはないし、生きていく上で、そういう意識なしでやっていくのはとても苦しいことだと思う。
 でも、その結論って、わざわざ贈与とか交換とか、資本主義とか、そういう概念を持ちだして議論しなければ至ることができないかって言うと、別にそんなことない。「ばあちゃんの畑のもんを食べりゃ、すぐ元気になっちゃうよ」*1って言えばいい。

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 経済の成立も、王の成立と同じように、自然を人間の側に取り込んだものだ、というのは「おお!」と思ったけど、ただ同じフレームワークが当てはまったというだけで、人食いが王になった、場合のような、「丁寧な」*2裏付けもない、ただのワンアイデアである。
 これからは、経済の仕組みのなかに、贈与を正しく絡めていって、「母親が子どもを受けとめるような悦楽」が得られるような社会をつくっていかなくちゃいけない時代だと思っている。ので、贈与論ちょっと書いて、贈与は経済社会のなかでも生きてますよ、交換より贈与が人間味があります、と言われてもね。中沢新一には、その先か、あるいはもっと深いところのなにかを期待している。それほど「正しく」なくてもよいので、もっと世界を覆うように、大きな風呂敷を広げてくれることを。この巻は次巻以降に必要な知識の整理と信じて、「神の発明」に進みたい。

カイエ・ソバージュ読後記録
カイエ・ソバージュ(1/5):秩序ををひっくり返す装置として
カイエ・ソバージュ(2/5):伴読部第3回『熊から王へ』
カイエ・ソバージュ(3/5):『愛と経済のロゴス』はだいたい贈与論
カイエ・ソバージュ(4/5):スピリットから神が生まれる?
カイエ・ソバージュ(5/5):対称性の復活

*1:ばあちゃん@トトロ。

*2:いや、丁寧ではないが