壁というものがある。[安部公房]
「壁」(安部公房)読了。
今日はハイパー文学タイムやります。
- 作者: 安部公房
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1969/05/20
- メディア: 文庫
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壁の基本的な機能は「境界」。区切る。区別する。例えば、名前を失ったとき、自分とそれ以外の区別ができなくなるかもしれない。そんなことはない?じゃあ「どこまでが」自分なのだろうか?たぶん、名前なしでは説明できない。つまり、「名前」というのは「壁」を認識するための方法であって、もしそれを失ったら、自分とそうでないものの区別がつかなくなる。名前があるときは「壁」を認識できるが、名前を失えば「壁」は存在しないも同然。ゆえに、カルマ氏は目からすべてのものを飲み込んでしまう。
カルマ氏は最終的に「壁」そのものになってしまう。壁を認識できなければ、人間として存在することすらかなわない。しかも、ただの壁ではなく、
見渡すかぎりの荒野です。
その中でぼくは静かに果しなく成長してゆく壁なのです。
成長してゆく壁だというのである。それは科学も哲学も宗教も到達することのできない荒野で、誰にも認識されることなく成長する。壁が成長しなければならないのは、それが人間のもともと持つ性質だから。人間は、境界を生み出すことで、生きている。あるいは、境界を生み出すことが「カルマ」であるとも言える。
……などと書いてみたけど、あまり無理はよくないね。まあ、ぶっちゃけ良く分からなかったよ。「砂の女」は結構すらすら読めたんだけどなあ。
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