GOGOモンスター

GOGOモンスター」(松本大洋)読了。
いろいろ失ってしまったあとに読む一冊。

GOGOモンスター

GOGOモンスター

 漫画の書評というのは基本的に書かないんだけど、これは書かないといけないなーと思って。そもそも、続けて読んでる漫画は、ヴィンランド・サガの新刊が出たら買うのと、ギャラリーフェイクの文庫版をブックオフで見つけたら買うくらいだからなあ。あ、WORKING!!も読んでるか。意外とポロポロ出てくるからこの辺で。
 松本大洋は有名どころでいうと、ピンポンとか鉄コン筋クリートとかかな。『GOGOモンスター』の主人公は、「あっち」が見える少年。なんか「スーパースター」という大いなる存在的なものがいて、それが引き連れるモンスター(?)が見えるんだって。
 最初、ちょっと戸惑った。ほんとうにそういう存在がいる世界なのかと思って。でも、もちろんそんなことはない。主人公のユキは厨二病をこじらせてしまっているだけで、そんなモンスターは実在しない世界観だ。
 でも、そういうモノを「いない」と断じることはとても簡単なんだけど、「いない」と断じることにどれだけ意味があるだろうか?「あっち」が見える、というコトバに対して、「いない」と言うことは意味のあるレスポンスだろうか?
 ユキの見ている世界には、見覚えがある。それは、子供のころ、天井のしみが顔に見えたやつだし、風邪をひいたときに夢で見たぐにゃぐにゃの動物だ。「ゆめにっき」みたいなイメージというと、わかりやすい人にはわかりやすいかもしれない。
 もう、それは見えなくなってしまったし、見ようと思って見えるものではない。世界の輪郭がはっきりしすぎてしまったのだ。ユキの言っていた「大人になると内臓がグズグズに溶けだして脳ミソはカチコチに固まります」というのは、その通りだと思う。
 しかし、失われてしまう(しまった)感覚をパッケージに閉じ込めたものは、例外なく美しく見える。それが少々あざとくても、だ。内臓がグズグズに溶けだして脳ミソはカチコチに固まってしまっても、内臓は綺麗だったころの面影を残しているし、脳ミソも柔らかさの履歴を保っているだろう。