そこに自分の影を見出す、ということ
「秋葉原事件」(中島岳志)読了。この本は僕のナチュラルな射程からは少し外れる。この本を持ってきたのは、いつもの伴読部でも、わりと挑戦的なセレクト*1をしてくる赤亀さん(id:chigui)。結局、その回は違う本になってしまったのだけど、最近は本を読む時間もあるので、積読崩しがてらに読んでみた。
- 作者: 中島岳志
- 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
- 発売日: 2011/03
- メディア: 単行本
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秋葉原通り魔事件とは、2008年6月8日に東京都千代田区外神田(秋葉原)で発生した通り魔事件である。7人が死亡、10人が負傷した。
彼はコミュ力があり、勉強もでき、仕事もあった
まあ、前提知識もなく、特にこうした事件に理解の深くない人間からしたら、犯人像はこんなふうに思い出されるだろう。根暗で、コミュ力がなくて、仕事もないダメな奴。でも、読めば読むほど、違うみたいなんだ。むしろ、彼はアベレージより能力の高いほうの人間、だと思う。
まず、彼にはコミュ力がある。なにを指してコミュ力があるというか、というのは難しいけれども、彼はネットの掲示板で知り合った人とも積極的にオフで会っていたし、転々としていた仕事先でも、しばらくすると気の合う仲間たちとどこかへ出かけたりしていたそうだ。同僚を連れて、秋葉原ツアーを行なったり、伊豆にドライブに行ったりもしていたという。リア充だ。新しいプロジェクトに入るたびにキョドっている僕も見習いたいです。
仕事もあった。転々としてこそいたものの、正社員になりかけたことは1度や2度ではない。自動車工場で大規模リストラがあったときも、最初はリストラ対象だったものの、残留組として認められたこともあった。雇用の不安定さが秋葉原事件の遠因だとする意見があったが、そんなものは論者の意見の「都合の良い材料」として使われたに過ぎない。
よーするに彼は、コミュ力があり、勉強もでき、仕事もあった。この事件を分析した多くの理解が間違っていた。ネット掲示板の「なりすまし」に腹を立てて事件を起こした、という理由に誰も納得できなかった。最近、彼の手記が出版されたが、レビューを見れば、「全体を読んでみて、やはりおかしい」「理不尽ともいえない,びっくりするほどくだらない理由」「そんな異常な動機では二度と起こらねーよ!って言いたいです。お前だけだわ!」と、誰も理解できない。
- 作者: 加藤智大
- 出版社/メーカー: 批評社
- 発売日: 2012/07/01
- メディア: 単行本
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リトル・ピープルなんていないって?
動機というのは、大衆を安心させるための、後からつくられた物語でしかない。それはそうなのだけど、そんなに理解できないものなのだろうか?もう少し普遍的なものではないのか?少なくとも僕には、「そんな異常な動機では二度と起こらねーよ!って言いたいです。お前だけだわ!」とは言えない。
そもそもネット上の「なりすまし」に腹を立てる感覚って、ネットとリアルとでアイデンティティを分割した経験がないと、理解はかなり難しいんじゃないだろうか?例えばFacebookだと、リアルな自分とネットの自分はセパレートされてないわけで、この感覚は感じ取れない。僕もリアルな知り合いにはブログをやっていることは伝えていないんだけれども、確かにどっちの自分が「ホンモノ」なのか、とか、承認欲求に踊らされそうになったり、とか、そういう危ういタイミングって、意外と、でも確かにある。
んで、匿名性が許される世界では「誰でもない誰か」っていうのが、あたかも世界のどこかにいるように錯覚しやすい仕組みになってるみたいなんだよね。だから、彼は「誰でもよかった」のではなくて、傷つけるのは「誰でもない誰か」でなければならなかった、というように解釈することもできると思う。そうすると、特定の個人に対する敵意と、構造的に同じだと捉えることができる。
- 作者: 村上春樹
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2012/03/28
- メディア: ペーパーバック
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そこに自分の影を見出してしまう/見出してしまうことができるか?
という粗い解釈はともかくとして、「あいつは異常なのだ」ではなく、「自分もそうなる可能性があるのではないか」という想像力を働かせるのって、そんなに大変なことなのだろうか?*2「異常でない人間」=「平均的な人間」がいる、と考えることはむしろ、「誰でもない誰か」が存在すると考えることとかなり近い。
自身の力だけではなくて、環境と運があって今の自分がある……というとまあ少し宗教的ではあるけれども、そこに自分の影を見出してしまう/見出してしまうことができるか?というのは、けっこう必要な視点だと、思うんだけれどね。
- 作者: 岡田尊司
- 出版社/メーカー: 幻冬舎
- 発売日: 2012/01/28
- メディア: 新書
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