読書は進化して、読書ではなくなってしまった。[読書進化論]

 「読書進化論」(勝間和代)読了。実は勝間さんの本は初めて。

 この本には、アドラーの「本を読む本 (講談社学術文庫)」を読んだときに「足りないな」と思ったものがあった。「本を読む本」は読書の方法について書かれた素晴らしい本だが、なにか違和感を感じるのだ。読了後はなにが足りないのかを考えた。良書とそうでない本との見分け方?より娯楽的な文学の味わい方?

 そうではなかった。「読書進化論」が僕に示してくれた答えは、こうだ。

 読書は、もはや「本を読む」という行為のみでは十分に機能しない。

 確かに、アドラーも「読んだだけじゃなくて批評しようね」とは言ったけど、読書とは「本を読む」ことだという概念からフリーではなかった。まあ、時代を考えれば当たり前ではあるけれど。
 一方、「読書進化論」では、「ブログを書く」から「オーディオブックの活用」やら「本屋さん巡り」、果ては「どうやって本を売るか」まで、これでもかと広範囲に読書の可能性が提示されている。読書を「読書」という行為のみに限定せず、どうやったら最も効率良く本の価値を引き出せるかについて、著者自身、ときにはその他の人々の経験から様々な提案がなされる。
 10年後に読んだら、「懐かしい言葉でいっぱいだね。ちょっと今の時代にはそぐわないけど」となるのかもしれない。それでも、あるメディアを効果的に利用したいなら、そのメディアだけに依存するよりも、様々なメディアを統合し、様々な方法で利用するべき、という考えは常に新しいだろう。