川と海

「川と海」(宇野木早苗ほか)読了。
先に気づくのはいつも、下流の人々だ。

川と海

川と海

目次
第I部 総論
 第1章 地球表面における水の循環
 第2章 川が海の物理環境に与える影響
 第3章 川が沿岸の地形と底質に与える影響
 第4章 森林・集水域が海に与える影響
 第5章 川が海の水質と生態系に与える影響
 第6章 川が海の生きものと漁業に与える影響

第II部 河川改変が海に与える影響
 第7章 河川改変が海の物理環境に与える影響
 第8章 河川改変が沿岸の地形と底質に与える影響
 第9章 河川改変が海の水質と生態系に与える影響
 第10章 河川改変が海の生きものと漁業に与える影響

第III部 各海域における川と海の関係、現状と課題
 第11章 東京湾とその流入河川
 第12章 伊勢湾・三河湾とその流入河川
 第13章 大阪湾とその流入河川
 第14章 広島湾とその流入河川
 第15章 有明海八代海とその流入河川
 第16章 相模灘とその流入河川
 第17章 東シナ海黄海とその流入河川
 第18章 日本海とその流入河川
 第19章 オホーツク海とその流入河川
 第20章 地中海とその流入河川
 第21章 マングローブ林と河川と海

第IV部 海と河川管理
 第22章 海域を考慮した河川の管理

 最近は上流に目が向いている気がするので、下流のほうも見て、バランスをとることに。本書は、主に水産・海洋系の研究者が中心となって、海から川、森までの流域圏における科学的な問題を指摘している。

下流から見る

 川と海の接点で起きた環境問題は昔から注目されてきている。長良川河口堰、諫早湾八郎潟などなど。上流から海までをひとつの「流域」として捉える、いわゆる流域思考が環境保全側の人に再注目されてきたのも、川と海の接点で起きた問題がスタートだと思う。
 河川というシステムの構造上、すべての物質は上から下へ流れていく。自然界の例外は2つだけ。降雨による水の循環と、生物による物質移動。基本的には、上流で行った行為はダイレクトに下流に効いてくる。
 だから、先に気づくのはいつも下流の人々だ。水利権を主張し始めるのが、いつも下流の人々であるという歴史と同じこと。流域の環境問題に最初に気づくのも、下流の人々だ。最も下流にあるのは、海。海の人が、最も敏感なステークホルダーだと言える。

東京湾の水質は改善していない?

 本書の優れているところは、ケーススタディが豊富なところ。東京湾の例では、流入する負荷、つまり汚濁物質の量は明らかに減少しているのに、CODはほとんど減らないし、赤潮発生回数も減少しているようには見えない。つまり、河川の水質は改善されているのに、海では改善されていない。
 この理由として、「埋め立てによる流動の弱まりや海水交換の減少」が指摘されている。単に流入量を減らせば解決するはずだ、というほど、自然界の仕組みは単純ではなかった。
 こういう論点にしっかり切り込んでいけるのが、科学の強みであるし、こういう誤解されがちな部分をしっかりと説明していくことが科学側として重要だと思う。

フロキュレーションの機構

 森と川で生産された物質は、海まで運ばれてから堆積するものも多い。ここでは、どのように堆積が起こるのか、ということが重要。海洋での物質堆積には、フロキュレーション(凝集作用)という現象が絡む。で、凝集なら分子間力で起こるんだろ、と思っていたのだけど、どうもそれは支配的ではないらしい。

従来は海水中の陽イオンによって粒子表面のマイナス荷電が中和されて、粒子同士がファン・デル・ワールス力でくっつきやすくなると説明されていたが、最近は粒子の表面に吸着された物質の生物化学的作用による効果が大きいという考え方が強まっている。

 詳しくは本書の5章で述べられているが、簡単に言うと、河川中の微生物が塩分濃度の上昇で死滅して、そこから出る粘液が凝集を促進するらしい。面白い現象だ。広義の生態系サービスとも言えるかもしれない。

本としては

 ちょっと読み物としてはつらいかなーと思う。参考資料なんかにはいいのかもしれないけど、平坦な科学的記述が続くので、なんらかの問題意識がないと読み疲れてしまう。直接は関係ないけど、同じ「川と海」で始まる本としては、昔読んだ川と海を回遊する淡水魚―生活史と進化がすごく面白かったので、生物好きな方には、こちらをオススメ。