停電の夜に

「停電の夜に」(ジュンパ・ラヒリ)読了。
新しい地に馴染む、ということをこんなに丁寧に書けるものだろうか。

停電の夜に (新潮文庫)

停電の夜に (新潮文庫)

 インド系アメリカ人が綴る9つの物語。などと、国境や人種でカテゴライズすることを、僕は本来好まないが、この本で語られているのは、紛れもなく、インド系アメリカ人としての、自らのルーツへの思い。そうであればこそ、そうしたカテゴライズも意味を持とう。
 どの物語が好きか?そう問われれば、間違いなく、「三度目で最後の大陸」。主人公(名前は最後まで登場しない)は、インドからロンドンを経て、アメリカに辿りつく。不慣れな地に、馴染んでいく。彼に嫁いでくるためというただそれだけのためにインドからやって来たマーラとともに。
 新しい地に馴染む、ということをこんなに丁寧に書けるものだろうか。新しい地に馴染む。それは、新しい部屋に慣れることだ。それは、新しい生活リズムに適応することだ。それは、新しい人間関係を構築することだ。しかし、新しい地に馴染むということは、そういった新しいものへの反応とともに、自らが辿ってきた道を振り返ることでもある。
 自分自身の経験を思い出す。はじめて一人暮らしをしたときのことだ。もちろん、実家が別の大陸にあるわけじゃない。ホームシックなんかにはなるはずがないと思っていたし、実際にならなかった。それでも、朝、見知らぬ天井を見て目覚めたときの0.1秒の違和感、山手線を見下ろす丘に立ったときの異国感、そういったものが、自らのルーツを求めるよう、僕に求めてくる。郷愁、と言って一言に収めてしまうには、もったいないような気がした。
 普遍的な感情、なのだと思う。あとがきを読むころには、長旅を終えたような読後感。訳者曰く「長編をよんだような、ずっしりとした感慨」。なるほど、そのとおりである。