暗いところに立つことになっても、暗さに飲み込まれずにしっかりと立っているのだ

不毛地帯」(山崎豊子)読了。
商社の真髄が見える資料であり、同時に覚悟を問う物語。

不毛地帯(一) (新潮文庫)

不毛地帯(一) (新潮文庫)


 周りで商社志望のやつらはみんな読んでいた本で、あまり本を読まない父もおもしろいと言っていて、やはり多くの日本人を熱狂させる「なにか」が描かれているのだろう、と思い手にとった。
 11年間にも及ぶシベリア抑留の苦難を乗り越え、大手商社の近畿商事で第二の人生を始めた壱岐正。自衛隊の次期戦闘機選定争い、自動車会社の提携、中東での石油発掘プロジェクトと、巨大な利権の絡む世界に飲み込まれながらも、自身の信念を持ち続ける。これが実話ベースだというのだから驚き。信念を貫き通す、とかじゃないんだよね。そんなにいつでも貫けるわけじゃない。でも、決して一度決めた信念を放棄してしまうことはない、というところに凄さがあるなあ。これが日本人を熱狂させる普遍的なストーリーなんだろう。
 それにしても、商社っていうのは、やっぱり独特な立ち位置のように思う。周りで「がんばって仕事する人」の典型的なロールモデルは、商社か、コンサルか、国家公務員なんだよね。人数比としては。でも、いわゆる総合商社、つまりどんな分野にも足を突っ込んで、莫大なカネとモノを動かして、事業を立ち上げて運営していくっていうのは日本独自のモデルで、なかなかわかりづらい。
日本の7大商社 世界に類をみない最強のビジネスモデル (平凡社新書)

日本の7大商社 世界に類をみない最強のビジネスモデル (平凡社新書)

 そこをきちんと描いているのは、僕はこの「不毛地帯」でしか読んだことがない。なぜかってそれは、今どういうことをしているか、という解説なら、それこそその辺の就活本でも事足りるのだけれど、なんで今の「総合商社」が圧倒的なパワーで経済を駆動させていけるのかっていうのは、今まで商社がどういうことをどういうふうにやってきたのか、というのが実感としてわからないと理解できないから。
 事業を動かすためだったら、どんな卑劣な手段でもやってのける。裏金や工作活動、個人を使い捨てることすらやってのける。でも、そこでしか実現できないことはたぶんたくさんあって、ひとつの国家の利益とがっちり結びついたかたちでグローバルな仕事をするには、最高のステージなんだろうな、と思う。 
 それでいて、「しがらみ」を書くのがすごくうまい。やっぱり人間的に到底正しいと思えないことをしていくわけだ。だけれども、ダークサイドに落ちてしまうわけではないし、為さなければならないこととの葛藤をしっかりと書けるっていうのがすごい。暗いところに立つことになっても、暗さに飲み込まれずにしっかりと立っていることへの憧憬は「ハゲタカ」を読んだ時にも感じたけれども、本書のほうが「どうしようもない」感が強くて、説得力を感じる。もう、スカッとするところないからね。決してスマートに立ち回っていくことはできない、だからと言って、舞台から降りるのか?そういうメッセージをつきつけられているように思う。
ハゲタカ(上) (講談社文庫)

ハゲタカ(上) (講談社文庫)