コミュニティの再構築、という一番大切なところを物語る

 久しぶりの池澤夏樹東日本大震災後に書かれた一冊で、明確に震災のこと、震災に大きく人生を狂わされた人々、その後の人々のこと、が描かれている。ファンタジー調ではあるものの、書いてあることは大変現実的なことだ。

双頭の船

双頭の船

「双頭」の意味するところ

 特に、震災にあった人々が「それからどうするか?」というところをしっかり書いていると思う。土を求める人々、新たな航路を求める人々。いずれも肯定的に、いずれも懐疑的に書いているところは、真摯な態度と言える。
 一番つらいのは、両者の分断だと思う。ある土地に留まる決意をした人々は、土地を離れる人々に「裏切られた」と感じることがあるかもしれない。新しい潮流を生み出そうとする人々、震災によって自分の為すべきことを見出した人々は、「あえて土地にしがみつく理由がわからない」と言うかもしれない。
 だが、それはどちらも正しいし、どちらも正しくないかもしれない。望まれるのは、どちらの決断も尊重しあうべきだ、ということ。大切なのは、正しいことではなくて、正しいことなんか何ひとつわからない中で出した結論に対し、ちゃんと受け入れることだけ。
 そこで別の選択をした人たちを「もう仲間ではない」と思ってしまうことほど、悲しいことってあるだろうか。別の道を選ぶことは、絆を失うことではないし、どちらの決断も尊重されるべきだ。そういうメッセージが「双頭」という二文字に込められている。

「船」の意味するところ

……で、ね。リアリストとしては、問題は「船」のほうだと思っている。船長が言うように、

小さなフェリーのしまなみ8から始めて、必要に応じてこのサイズまで育った。だから第一小ざくら丸も外洋に出たらすぐに充分な大きさに育つ。船にはそういう力がある。

というのは事実だ。数人の有志から始まり、ボランティア団体となり、よくわからない人々を巻き込みながら、「さくら丸」は最終的に被災者を数百人単位で吸収し、増築を繰返して、巨大な船になる。ここで言う「船」は人々の集団、例えばNPO団体や地方自治体に相当するだろう。
 NPOピースボートなんかは名前もまさにで、そういう活動を担っているのかなと思っていて、参加している友人の話を聞くと、確かに都市生活に矛盾を感じている系の人々が集まっていて、新しいコミュニティを形成しているように思われる。
 ただ一方で、そうした「船」のハンドリングはかなり難しい、というのが外から見た時の感想である。船が健全に成長して、健全に分化し、健全に航海するには、優れた船長が必要だし、多くの幸運が求められる。
 物語の中とは言え、健全な船の条件は、本作のなかでいくつか示されていると思う。ひとつは、部外者に対してオープンであること。そして、変化を受け入れる柔軟性があること。
 震災を描いた多くの物語が、その悲惨さやそれ以前の問題を浮かび上がらせがちなのに対して、本作が提示しているのは、震災の後、どうやって立ち直っていくか、もとのかたちに復旧するのではなく、被災した人たちと、そうでない人たちが、新しいコミュニティの成立も含めて、どうやって安定と安心を再構築するのか、という、一番大切なところを扱っていて、すごく真摯な物語と思う。