イタヤカエデはなぜ自ら幹を枯らすのか

「イタヤカエデはなぜ自ら幹を枯らすのか」(渡辺一夫)読了。
この樹木がすごい!

目次
第1章 暖温帯(常緑樹)
1 タブノキ 〜忍耐と堅実〜
2 スダジイ 〜その場を死守せよ〜
3 シラカシ 〜目を覚ました野生〜
4 アラカシ(粗樫) 〜逆境こそチャンス〜
5 アカガシ(赤樫) 〜冬を過ごす知恵〜
6 ヤブツバキ 〜競わない生き方〜
7 アカマツ 〜森の再生を担う〜
8 クロマツ 〜個体差で生き延びよ〜
9 モミ 〜古くて悪いか〜

第2章 暖温帯(落葉樹)
10 コナラ 〜倒れゆく帝国〜
11 ヤマザクラ 〜もてなしの達人〜
12 ミズキ 〜スタートダッシュで逃げきれ〜
13 ケヤキ 〜水辺に大きく育つ〜
14 ムクノキ 〜陰陽を使い分ける
15 イヌビワ 〜空室あります〜
16 ニセアカシア 〜増えすぎた孫悟空
17 オニグルミ 〜少数精鋭主義〜
18 フサザクラ 〜七度倒れても〜

第3章 中間温帯・冷温帯
19 イヌブナ 〜守りに徹する〜
20 イヌシデ 〜懐の深さ〜
21 ブナ 〜雪に笑う〜
22 ミズナラ 〜撹乱に乗じる〜
23 トチノキ 〜倒産しない経営哲学〜
24 ホオノキ 〜一億年を生き延びる〜
25 イタヤカエデ 〜どこまで無駄を削れるか〜
26 シラカバ 〜空を見不げる旅人〜
27 サワグルミ 〜団塊の世代
28 カツラ 〜長寿でチャンスをつかむ〜

第4章 亜高山帯
29 シラビソ 〜圧倒する数の力〜
30 オオシラビソ 〜雪国の陣取り合戦〜
31 ヒメコマツ(ゴヨウマツ) 〜氷河期の落人〜
32 カラマツ 〜荒れ地に輝く〜
33 ハイマツ 〜極限を生きる戦略〜
34 ダケカンバ 〜しなやかな体と心〜
35 ハクサンシャクナゲ 〜低木の強さ〜
36 ミヤマナラ 〜重圧に挑む〜

 目次、読みましたか?え?飛ばした?いや、おもしろいから読みましょう。なにせ、
シラカシ 〜目を覚ました野生〜」
「コナラ 〜倒れゆく帝国〜」
「シラカバ 〜空を見不げる旅人〜」
だからね。
 やっぱり種ごとにストーリーがつくれるっていうのがすごい。本書は、日本の代表的な樹木36種について、どういう個性を持っているのか、どういう戦略を持っているのか、環境のなかでどういう文脈に位置づけられているのか、などを楽しく解説した読み物。いわゆる図鑑ではない。
 タイトルのつけ方は、出版社の人の意図だろうか、新書とかにありそうな感じで、ちょっと下品だと思う人もいるだろうが、まあそういう戦略もありかな、という感じで、僕としてはあまり否定的ではない。
 「環境のなかでどういう文脈に位置づけられているのか」と書いたが、どういうことか具体的に見ていこう。
 サワグルミと言えば、渓畔林(渓流沿いの林)でよく見かける木であるが、とても整然としている。まるで、人が植林したかのような純林である。こういうサワグルミ林がどうやって成立しているか、というと、土石流によるのである。土石流が発生すると、その場所の植生は失われ、更地になる。明るい環境を好み、成長の早いサワグルミは、まっさきにこの更地に侵入し、純林をつくる。
 もう少し下流にくだり、扇状地くらいまで来ると、川沿いにはニセアカシア(ハリエンジュ)が生えている。ニセアカシアは最近外来種として問題視されているのだが、そもそもなんでニセアカシアが川沿いに生えているかというと、砂防目的で上流域に植えられたからである。ニセアカシアが選ばれた理由は、その窒素固定能力ゆえ。大気中の窒素を土壌に固定できる、というマメ科植物の特有の能力である。窒素が固定されれば、崩壊地への植生回復は容易になるからだ。
 さらに下流にくだり、海沿いまで出ると、タブノキなどをよく見かける。海岸では波しぶきにより塩分がふりかかる。塩分は細胞中の水を吸い出し、細胞を破壊する。だから、海沿いで育つためには、なんらかの防御機構ななければならない。タブノキは葉の表面にワックスをつけている。タブノキの葉は「てかてか」しており、これが塩分の侵入を防いでいる。
 こんな感じ。上流から海まで下るように書いたのは、僕が勝手に編集しただけなので、あまり関係ない。結局、「図鑑」というのは生物単体だけに焦点を当てているわけで、どういう形状をしているのかとか、どういう分類になるのか、ということが大切なのであって、まわりの環境との関係は二の次である。
 これに対し本書は、まわりの環境、時には人の営みと、植物とがどういうふうに影響しあってきたのか、という生態学の視点がしっかりと書いてあって、しかも面白い。
 難点を言えば、写真がカラーでなかったことだろうか。写真を多用しているにもかかわらず、多くの情報を落としてしまっている。「樹皮は灰色で滑らかである」と書くのも良いが、やはりそれは、カラーで見たいと思うのである。