セミたちと温暖化

セミたちと温暖化」(日高敏隆)読了。
やっぱり僕はいきものが好きだ。

セミたちと温暖化 (新潮文庫)

セミたちと温暖化 (新潮文庫)

 日高敏隆先生と言えば、「利己的な遺伝子」などドーキンスの本を翻訳していたことで有名だが、専門は動物行動学で、とても面白い文章を書かれる。本書は、その最後のエッセイ集となってしまった。
 解説の村上陽一郎も述べていたが、動物学者には「人間的な感情移入を介して」理解しようとする人と、そういったものをできる限り排除して客観的に理解しようとする人がいる。著者は間違いなく前者で、いきものを本当に楽しそうに描きだすのである。
 いきものの観察といえば、セグロアシナガバチを思い出す。僕の実家には、はめ殺しの窓があって、そのうちのひとつは、なぜかベランダと45度くらいの角度で近接している。ちょっと状況の分かりにくい説明だが、ともかく、その窓とベランダとの間に、アシナガバチが巣をつくったのである。僕がまだ小学生のころのことだった。
 「君子危うきに近寄らず」的な性格がプリインストールされている僕にとって、それは最高の環境だった。ハチの巣の建設を、至近距離で、かつ安全な位置から観察できたのだから。
 けっこう夢中だったと思う。当時の絵日記は未だに残っており、穴が3つしかない小さな巣が少しずつ大きくなり、やがて台風で巣がなくなるまでの過程が描かれている。
 同じ対象(ハチ)を描いているのに、日にちがたつにつれて絵が正確になっていくのは、本書の「人は実物が見えるか?」というエピソードに通じるものがある。自分で言うのもなんだが、最後の「たいふうでとばされたのかもしれません」という文と、何もない壁を描いた絵は感動的である。
 自然保護活動などでは、あまり言いたくないが、たまにすごくギスギスしたかたもいらっしゃる。行政のやり方には斜に構えた発言しかしない、生物多様性の理解がない人にも容赦せず正論のみをぶつけていく。そういう方々である。彼らの話を注意深く聞くと、ほんとうはいきものが大好きな人であることが多い。
 そんな性善説ばかり唱えても仕方ないし、そういった主張がなにかを解決するとも思えないし、自分が見たいものを他人に投影しているだけじゃないかっていう気もする。それでもやっぱり「初心」はセンスオブワンダーというか、日高先生のような「いきものっておもしろいよね!」というところにあるのだと思う。たまには、こういう本を読んでバランスをとっていきたいな、と感じる。