河原で考えてたこととか

そろそろ川に積極的に入りたい時期になってきた。
[,h350,w500]
 というか、TAで測量のお手伝いをしていただけだけど……
 測量をどの程度の精度でやるか、っていうのは分野によってぜんぜん違う。森林でやるとき、河川でやるとき、街中でやるとき、建築物を建てるためにやるとき。それぞれ求められているパラメータも違うし、使う機器も違ったりする。
 例えば、山の中では高低差が重要になるけど、平らな街中ではむしろ平面図がきちんと描けるかが重要になる。川の測量では石1個で5cmのずれが生じるけど、建物を建てるときに5cmもずれたら大変になることと思う。同じ技術なのに、目的と対象によって適用の仕方が異なる。
 この「異なる」という感覚がとても好きだ。特に、大きく見ると変わらないけれど、ディティールを見ると異なっているもの。この差の部分に可能性を感じることがあり、それがとても心地よい。
 ただ、この感覚は強烈なものではないため、なんらかのアウトプットを通して自分に刻んでおかないと、すぐに消えてしまうように思う。実際は消えているわけではなく、おそらく脳内に蓄積されていて、思考になんらかの顕著ではない程度の影響を与えていると思うけど、それはもったいないように思うので、すぐにアウトプットするようにしたい。
 すぐに忘れてしまうことなら、大して重要なことじゃないんだろう、と言う人がいるけど、あれはなんか人との約束とか、そういう具体性の高い事柄の話をしているわけであって、抽象性の高い事柄はすぐに揮発して拡散してしまうような気がする。
 というか、最近書いている内容がふわふわしたものが多くなっているような。論理的な文章は論文で書けばいい、というのはあるけど、ブログもバランスとっておこうかな……中庸主義者だし。