人と森の物語

「人と森の物語 −日本人と都市林」(池内紀)読了。
意外なところから出てきた、新しい「都市林」の概念。

人と森の物語 ―日本人と都市林 (集英社新書)

人と森の物語 ―日本人と都市林 (集英社新書)

目次
はじめに 緑の日本地図
第一章 甦りの森(北海道苫小牧)
第二章 クロマツの森(山形県庄内)
第三章 匠の森(岩手県気仙)
第四章 鮭をよぶ森(新潟県村上)
第五章 華族の森(栃木県那須野が原
第六章 王国の森(埼玉県深谷
第七章 カミの森(東京都明治神宮
第八章 博物館の森(富山県宮崎)
第九章 祈りの森(静岡県沼津)
第十章 青春の森(長野県松本)
第十一章 クマグスの森(和歌山県田辺)
第十二章 庭先の森(島根県広瀬)
第十三章 銅の森(愛媛県新居浜
第十四章 綾の森(宮崎県綾町)
第十五章 やんばるの森(沖縄県北部)

 友人に言われるまで気づかなかったのだが、著者の池内紀という方は林業や農学関係の方ではない。なんと、ドイツ文学の翻訳などを手がける方であった。びっくり。

明治神宮は人工林だった

 知っている人は知っていると思うが、明治神宮の森は「自然林」ではない。設計されてつくられた森なのである。「永遠の森」をコンセプトに林学者・本多静六が「100年後に自然な姿になるよう」設計したのである。

 ところが、当時の内閣総理大臣大隈重信は「神宮の森を薮にするのか、薮はよろしくない、当然杉林にするべきだ」と主張。それでも本多静六は「永遠の森」コンセプトを曲げなかった。
 全国から献木を募り、淘汰されずに生き残ったものを育てていく、というかたちの、今で言うアダプティヴ・マネジメント的な対応をとった。結果、わずか半世紀で明治神宮の森は、あたかも自然林のようになったというわけである。

里山と都市林

 本書のテーマは、都市林。僕が考える都市林の定義よりもやや広い気がするけれど、要は「人が関わることによって成立してきた森林」という程度の意味合いだろう。
 去年は国際生物多様性年で、そういうクラスタの人達が「里山」というキーワードを流行らせようとしていた。流行らなかったけどね……
 しかし、そういう文脈での「里山」と、著者の言う「都市林」というのはちょっと意味合いがずれる。もちろん「里山」も人間の関わりとお互いに影響し合いながらつくられる森、あるいはヤマだ。ただし、この里山」は、スタンドアローンなコミュニティと1対1で存在するもの、という感覚が強い。
 これに対し、著者の言う「都市林」は、名前からもわかるように、もっと広域のコミュニティと関係を持っているニュアンスが含まれる。前に挙げた明治神宮などはそれこそ日本全国と関係性があるし、対応するコミュニティは首都圏全域とも言える。同様に、地域コミュニティに大学の力が及ぶ苫小牧林、気仙大工という匠を通じてつながる気仙の森。
 関係性の輪が広い、と言える。もしかすると、コミュニティと関係性の輪が広がる現代においては、「里山」よりも、著者の言う「都市林」のほうが、時代に即した概念なのかもしれない。