伴読部 第9回『渋滞学』
伴読部のスタートのとき、「理系っぽいセレクトもあったらな」という話があったような気がしていて*1、確かにそれも一理あるな、などと思いつつ、『熊から王へ』みたいな境界分野でノラリクラリしていたわけだ。ので、ここは一発、前提知識がなくても楽しめる理系セレクトにしてみよう、と思い立った次第であります。
- 作者: 西成活裕
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2006/09/21
- メディア: 単行本
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「理系」とは考え方である
理系の読み物といえば一番信頼しているのは当然ブルーバックスだけれども、読み応えと切り口、ハズレのなさで言えば化学同人選書だったりする。『地球温暖化の予測は「正しい」か?』とか『世界初!マグロ完全養殖』とか、一定のクオリティを持って、科学がその持ち味を活かせる切り口でパッケージングしてくるので、けっこう頼りにしている。
で、今回のセレクトは理系っぽいということで『Amazonランキングの謎を解く』を選ぼうとした。したんだけど、いかんせんこれ難しすぎるんだよね。数式がゴリゴリ出てくる。で、気づいた。理系というのは数式が出てくることなのか?違うだろう。理系文系の国境戦争に興味はないけれども、もしそういう線引きになにか意味を見出すとすれば、それは「考え方」の根本的な違いと、その考え方で何を描き出せるか、だろう*2。
そういう意味でいくと、本書は既存の◯◯学という縛りに拘束されることはなく、逆にそれが理系的考え方の見通しをかなり良くしている。渋滞とはそもそもどんな現象だろう?→どんなパラメータで現象を代表させたらいいのだろう?→その現象をどうやってモデル化すればいいだろう?→そこからどんな意味が見いだせるだろう?と、こういう一連の思考と実践の歩みがすごくよく分かるんだよね。『ウナギ 大回遊の謎』のときも思ったのだけれど、科学的読み物に期待されるのは、ウンチクじゃないんだよ。研究のストーリーを追体験したい、ということなんだ。
Amazonランキングの謎を解く: 確率的な順位付けが教える売上の構造 (DOJIN選書)
- 作者: 服部哲弥
- 出版社/メーカー: 化学同人
- 発売日: 2011/05/30
- メディア: 単行本
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- 作者: 塚本勝巳
- 出版社/メーカー: PHP研究所
- 発売日: 2012/06/16
- メディア: 新書
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「渋滞」を物理学的な現象としてモデル化する
もうこの図を見ただけで、すごいなーとなるわけで。右の図は、横軸に密度(台/km)をとって、縦軸に流量(台/5分)をとっている、道路状況の実データ。左下から右上に直線の関係があるから、ふつうは車の密度が高くなれば、流れる車の数も増える。けど、それはやがて崩壊して(図の頂上付近)、バラバラと右下に落ちていく。つまり、車の密度が高くて、動いている車の数が少ない状態になる。これが「渋滞」ということだ。概念が数字と図で表せるようになる瞬間というのは常にオモシロイ。文系で例えればそれは、「神話」というフレームワークで「論」を整理するような行為に近い。
で、このあとは、この図のデータをつくり出せるような物理的なモデルができればいい。ボールと箱を使ったモデルができるんだけど、それは本書を読んでもらえればいい。そうすると、なにが渋滞の「タネ」かということがわかる。渋滞の「タネ」は車が停まることだ。ゆっくりとでも流れていたほうが、止まったり動いたりを繰り返すよりは、渋滞が起きにくい。
そう考えれば、よく言われている「渋滞時は追い越し車線より、走行車線のほうが速い」ということにも説明がつく。車の停止は、どんどん後ろに伝播していって、最終的に渋滞へと成長するのだ。同じ理屈で、登坂車線の入り口では自然とスピードが落ちるので、ここから後ろには渋滞が発生しやすい、というデータもあるという。
「学」は「メカニズム」という単位へ
この「渋滞」という現象はけっこういろんなところ観察できて、人ごみやアリの行列、インターネット上の情報のやり取りとか、適用範囲はかなり広い。実際は「広い」というよりも、特定の現象を対象にしているのだから、この現象、このメカニズムが生じるところにはどこでも進出できることになる。福岡伸一が「動的平衡」というキーワードをもってどこにでも現れたように、同じメカニズムが生じるのであれば、異なる分野でも通じるということは多々ある。
それが、次の時代の「学」の単位になりえるかもしれない、ということだ。もちろんそうすることで、アカデミアによるMECEさ、つまりカバー範囲を減らしてしまうだろうし、ダブっておんなじことやってたね、というケースもあるかもしれない。「その分野のことならなんでも聞いてください」という人はますます減るだろう。
だが、それはなにか問題だろうか?僕は、それは問題ではないと思う。たぶん、分野を網羅する人間の重要性は、どんどん低くなる。ある特定の分野に精通する人へのアクセスはwebによってどんどん容易になるからだ。対象物を範囲とした「学」は新しい時代に対応しきれなくなって、例えば「渋滞学」みたいな切り口の学問がたくさん生み出されてくるだろう。渋滞学は、そのさきがけとなるかもしれない。
- 作者: 福岡伸一
- 出版社/メーカー: 木楽舎
- 発売日: 2009/02/17
- メディア: 単行本
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- 作者: 福岡伸一
- 出版社/メーカー: 木楽舎
- 発売日: 2011/12/10
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なむさん:http://d.hatena.ne.jp/numberock/20121226/1356505775