渓流生態砂防学

「渓流生態砂防学」(太田猛彦・高橋剛一郎 編)読了。
砂防事業から渓流事業へ。

渓流生態砂防学

渓流生態砂防学

目次
0 はじめに
0.1 環境保全問題への関心と砂防事業・治山事業
0.2 山地・森林の変化と砂防事業・治山事業
0.3 砂防事業・治山事業と渓流生態砂防学の位置づけ
1 渓流生態系の構造と機能
1.1 渓流環境の物理的構造
1.2 水辺林の構造と機能
1.3 渓流生態系における食物連鎖と物質循環
2 渓流環境の実態
2.1 渓流における砂防工事
2.2 渓畔林・河畔林の現状
2.3 水生昆虫の生活と渓流環境
2.4 渓流魚の生態と砂防工事の影響
2.5 渓流のオオサンショウウオなどと砂防工事
3 渓流生態砂防の新しいパラダイム
3.1 渓流生態系保全の基本的考え方
3.2 渓流生態砂防のこれからの方向
4 渓流生態砂防の技術
4.1 流域の土砂動態と環境保全型砂防
4.2 自然景観と調和した砂防工事
4.3 渓流生態砂防における砂防ダムと魚道
4.4 砂防工法の問題点と改良
4.5 砂防事業と環境アセスメント
5 おわりに-砂防事業から渓流事業へ
5.1 生態系保全のレベルと砂防・治山事業
5.2 砂防事業から渓流事業へ
用語解説

 先月、このようなエントリ→「砂防特論」読んだ - 速報ダム日和があったので、その「砂防特論」を借りようと思って、砂防研に行ってきたけど、なかった。ついでに図書館の蔵書も検索してみたけど、なかった*1。手ぶらで帰るのも癪だったので、前々から読みたいと思っていた「渓流生態砂防学」を借りてきた。
 本書は、これまでの砂防事業で無視されてきた生態系・流域環境保全を、いかに砂防事業に組み込むか、という視点で書かれている。いや、むしろ、太田氏の言に従えば、河川計画が治水計画のみで成立しているわけではないように、砂防計画や生態系保全計画も、「渓流」というエリアを管理する計画のなかにある二次的な計画に過ぎない。そういう意味で、これからの砂防事業は渓流事業であるべきだ、ということである。

中規模攪乱仮説と生息場所多様化説

 これは、新しい視点。中規模攪乱仮説*2っていうのは、「生物の多様性は、撹乱が稀だったり小規模なときや、頻繁過ぎるか大規模なときは低くなって、中ぐらいのときに最も高くなる」というやつ。
 ただ、これはもしかすると、攪乱そのものによって生物種の多様性が変化しているとは限らない。中ぐらいの攪乱によって環境が多様になって、その結果、生物種が多様になっているのかも、ということ。これが、生息場所多様化説。
 後者の影響が強い場合は、生物多様性対策としてのフラッシュ放流をしても、環境が多様になっていなければ、あまり意味がないということになる。もちろん、両者のバランスは河川によって違うだろうから、全国一律の対策はナンセンスだ、とも言える。

自然には機能がある

 河川に自然(森林や草原などの、いわゆる「みどり」を想定してほしい)が必要だ、という考えは一般の人々の間でもマジョリティになってきた。しかし、では、なんのために?となると、その答えはばらけてくる。教育を挙げる人もあるだろう。景観を重視する人もあるだろう。自然そのものという人もあるだろう。
 どれも重要な要素だ。しかし、忘れてはいけない視点がある。それは、河川に成立する自然が流域環境を支える「機能」を持っているということ。それは、水源涵養の機能であったり、水温上昇抑制の機能であったり、攪乱頻度をコントロールする機能であったり、リターを供給する機能であったりする。

再三にわたり指摘しているように,水辺林とは河川が形成する土砂堆積地や氾濫原に成立する森林群集で,河川の自然攪乱に深く結びつき,同時に河川の環境形成にもさまざまな形で寄与している.したがって,河川との関わりを抜きにした水辺林は,本来の「水辺林」とは呼べず,その生態的な機能を果たすことはできない.

 これは、たとえ木が生い茂っていて、一見自然豊かな川に見えても、それが「良い状態」であるとは限らないということだ。林学の分野では、管理の行き届かないスギ・ヒノキ林で土砂災害がおきやすいということは、もはや常識。下層植生が密になり、表層崩壊がほとんど起こらなくなると、渇水時の流量が減少することも指摘されている。同じことが流域全体の自然環境にも言える。必要な機能を発揮するには、全体のシステムに沿っていなければならない。

基盤

 「よく分からないけれど、なんか大切らしいから環境に配慮する」などというスタンスでは、とても話にならない。なんか危ないらしいから、程度の理解で水門を管理しているわけではないだろう。
 しかし、おそらく、まだ本気でない人のほうが多い。ある教授は言った。例えば、ある池のトンボを守りたいとしよう。しかし、トンボを守るためにお金を払っていいと思う人がどれだけいるのか?と。確かに、サイレント・マジョリティはこんなものだろう。
 だが、シヴィル・エンジニアとはなんだったのか?某ゼネコンではないが、「100年をつくる」のではなかったか?インフラを築くエンジニアこそが長期の視点を持つべきではないのか?「基盤」ということであれば、自然環境は社会基盤と同じか、あるいはそれ以上に重要な「基盤」だ。

蛇足

 「砂防特論」は僕の「学生時代に読むべき専門書リスト」に追加した。ほかには、「河相論」(Amazonで5万円!)、「構造沖積河川学」(難しくて挫折する)、「日本の水制」(これはなんとか……)などが入っている。


関連:河川計画論 - けれっぷ彗星

*1:他大から複写とか相互貸借するという手がないわけではなかったけど……

*2:参考:wikipedia:中規模撹乱仮説