ダム下流生態系

「ダム下流生態系」(池淵周一ほか)読了。
ダムの環境問題は「どこで」起きているのか?

ダム下流生態系 (ダムと環境の科学1)

ダム下流生態系 (ダムと環境の科学1)

目次
Part 1 河川とダム
第1章 川の姿の成り立ちと仕組み
第2章 川の姿(物理基盤)と生態系
第3章 ダムと貯水池
Part 2 ダムと下流河川環境
第4章 ダムによる流況・流砂の変化
第5章 流況・流砂改変がもたらすダム下流の生態系変化
第6章 ダム下流河川の底質環境と底生動物群集の変化
第7章 貯水池プランクトンと底生動物群集
Part 3 ダム下流環境保全
第8章 ダム下流の河川環境保全
第9章 モニタリングと順応的管理
終章にかえて

ダムはどこで生態系にダメージを与えているのか?

 ダムサイト、つまりダムが存在するところ、という答えは正しい。もともとそこに存在した渓流の生態系が破壊される、ダムより上流に魚がのぼれなくなる。こういった問題だ。
 しかし、考えてみてほしい。そもそもダムは下流の洪水を制御するものである。一方、自然な状態では、洪水は必ず起きるものである。そうであるならば、洪水がコントロールされれば、下流の生態系がなんらかの影響を受けることは避けられないはずだ*1。ダムの環境問題と言って、ダムサイトでの問題だけを取り上げるのでは、十分でない。
 ダムサイトという一地点での環境問題は、その下流全域で起こりうる問題と比べたら、大したことはない、とすら思う*2。ダムより上流にある渓流生態系がそれほど大きな影響を受けるとは思えないし、連続性に関しても「魚道」の概念を拡張していけば、ある程度まではなんとかなると思う。
 これに対し、下流の問題はそうはいかない。日本を見れば、ダムの影響を受けない中下流域はほとんど存在しない。なにより、下流はダムがまさにコントロールしようとする対象のエリアである。ダムの環境問題は、ダムがある場所よりもむしろ、ダムの下流で起こっている。

洪水が必要?

 さて、下流生態系で起きている問題として、洪水頻度の減少がある。洪水が少なければ生物も棲みやすいのでは?と思う人もいるかもしれないが、それは半分正解で半分間違いである。
 正解は、確かに洪水が少ないほど多くの生物は棲みやすいが、その「棲みやすさ」が異なるために、結果的には洪水があったほうが繁栄できる生物もいる、ということである。だから、洪水が少ないと、生物相は偏る。*3
 具体的な問題として、例えば、
1,河床の石の下の空間が泥やシルトで埋まる→一部の水生昆虫が生息できなくなる
2,よどみに付着藻類が異常発生する→臭気の発生・景観阻害
3,河原の生態系が安定化→草原・林地の生態系に移行する
などが挙げられる。生態系よりの問題を挙げたが、治水の面から見ても、堤外地の樹林化などは無視できない影響がある。

 

活用放流とは?

 活用放流とは、上で書いたような問題を解決するために、人為的にダムから行う放流のこと。今のところ、2パターンある。

1,増流放流;景観や魚類の生息環境の改善を目標とする
2,フラッシュ放流;河床の攪乱や堆積したシルトやよどみの掃流などを目的とする

図にすると、増流放流はこんな感じ。
[,w400,h250]
フラッシュ放流は、こう。
[,w400,h250]
※画像はイメージです。
 土砂還元の具体的な手法にも言及がある。上流部の河川敷に土砂を置いてフラッシュ放流するだけらしい。……ふつうだ。しかし、こういう「ただそれだけか」というものほど、うまくやるのは難しいのだろう。
 あと、「フラッシュ放流の結果:よどみ内の浮遊緑藻類は放流により消失した」としか記述がないような例があるあたりを見ると、まだ評価方法が十分確立されていないのだな、とも思う。PDCAで言うと、Checkが難しいのだろう。
 これまで、人間にとって洪水はないほうが良いものと考えられてきた。しかし、生態学のアプローチからは、洪水が起きなければ生態系というシステムに支障が出ることが示されつつある.両者のバランスをいかにとるか。もはや、どちらか一方をとるような考えは現実的ではない。
 

河川環境の本として

 生態系という言葉の定義は広い。本書が対象とする生態系は主に水質、土砂環境、藻類、水生昆虫などである。つまり、植生や魚類などに関する話題は少ない。そういった点でダム下流生態系について包括的に述べた、という感じではない。例えば、以前読んだ自然的攪乱・人為的インパクトと河川生態系はその辺をカバーしているものかもしれない。
 ところで、この本「ダムと環境の科学1」なのだけれど、シリーズなのだろうか?本書であまり言及されていない切り口と言えば、気候変動が治水に与える影響とか、補償や社会の仕組みについての社会科学とかかな?

*1:治水ダムに限定した話と思われるかもしれないが、流量変動を小さくするという意味においては、他のダムも傾向は同じ

*2:生態系に関するところで、ね

*3:生物多様性が低下し、生態系サービスが停止する」と考えるといいのかも