現場と計算

 現場をみることは大切だ。これは、至極まっとうな意見。いま僕が所属している研究室はフィールド調査をとても重視する。しかし、指導教官によれば、そうでなかった時代もあるということだ。
20年ほど前。
「現場に出れば水理学が荒れる」
そう、言われていたらしい。

 「事件は会議室で起こってるんじゃない」というフレーズを引くまでもなく、対象を見なければ研究ができないのは明らかだ。
 じゃあどうして、「現場には行くな」的なことが言われていたのか?それは、現場に行くと、分かる。
 僕らのフィールドは河川だ。例えば流量がどれくらいだとどんな河川地形が形成されるのか?先人たちが積み上げてきた理論式がある。経験式がある。シミュレーション手法がある。
 だが、現地での観測結果は、それが観測結果である、というただそれだけの事実を以て、それらの妥当性を否定し得る。
 境界条件が多すぎる。微地形の影響が、植生の影響が、その他もろもろの影響があり、計算結果と観測結果が合わない。シミュレーションでは起きているはずの現象は、現地では見られない。
 このような状況において、「現場に行くな」という主張もわからなくはない。ましてや当時、計算力学の分野の知識が少し遅れて流れ込んできていた状況においては、「今は計算に注力しよう」という判断が間違っていた、というふうには必ずしも言えない。
 今はどうだろうか?主観だが、計算のほうが飽和しているように思う。もちろん、一方を無視してよいわけではないが、どこに軸足を置くのか、という視点は常にあって然るべきだろう。研究にさけるリソースは、無限ではない。